jshiratori's weblog

立教大学・白鳥潤一郎研究室(国際政治学/日本政治外交史)のブログです。

『レヴァイアサン』に拙著の書評が掲載されました

 『「経済大国」日本の外交:エネルギー資源外交の形成1967~1974年』(千倉書房、2015年)の大村啓喬先生による書評が、『レヴァイアサン』第60号(2017年4月)に掲載されました。

www.bokutakusha.com

 とてもよく似たタイトルの武田悠『「経済大国」日本の対米協調:安保・経済・原子力をめぐる試行錯誤、1975~1981年』(ミネルヴァ書房、2015年)とセットで取り上げる形の書評論文「「経済大国」日本の選択:対米協調、自主外交、多国間協調」です。

 拙著が隣接分野の方にどう読まれるのか、また似ているようでいて分析手法や力点の置き方、叙述スタイルが相当に異なる武田さんの本と併せてどう捉えられるのかは、自分でもかねてより気になっていたところでした。こういった形で書評頂けたことは、とても嬉しいことです。ありがとうございました。

 外交史の本を丁寧に紹介頂いたことは本当にありがたいことなのですが、「外交(対外政策・行動)と国内政治の関係」に関する指摘の部分で若干気になる点があったので、簡単にコメントを残しておきます。この部分では、現代の国際関係論では外交の規定要因としての国内政治(世論・議会・利益団体・選挙制度など)が無視できない要因であることを押さえた上で、次のように拙著にも触れています。

 

対外政策決定と世論及び議会を分離することができる、と想定することについても(白鳥著 372頁)、若干問題があるようにも感じられる。石油危機やマクロ経済政策協調は、国民生活及び企業活動に大きな影響を与えるイベントであり、有権者からの支持を基盤とする政治家の動機・意思決定・行動にも大きな影響を及ぼしたはずである。国内政治アクターのいわゆる「政治行動」は、史料では確認が難しいというのは確かであろう。しかし、それらの側面について、どのような対処が外交史研究において可能なのか。もう少し検討が必要なのではないだろうか。(『レヴァイアサン』第60号、2017年4月、143頁)

 

 後段のご指摘はその通りだと思います。拙著では、まさにこの点を重視し、「日々の生活に直結する石油供給への不安と「対米追従」への不満がないまぜとなり、産油国に接近することで問題の解決を図るべきという国内の声は、危機が収まった後も強力」(拙著370-371頁)であると捉え、国内の声を織り込んだ対外政策決定過程や、国際エネルギー機関への原加盟国としての参画を重視して国会審議を回避した経緯を第4章と第5章では詳述したつもりでした。それゆえ、拙著の終章には次のように書きました。

 

 IEA設立への参画は、エネルギー資源外交に対する国内の理解を促進する機会を失うという代償を伴った。現代における外交とは「民主的外交」である。国民の理解なしに、指導者が思い切った決断をすることは難しい。経済活動と直結する問題は尚更である。IEA設立交渉を国会審議から切り離したことは、当時の国内状況を考えれば、原加盟国としての参加を優先した一つの決断であったにせよ、エネルギー資源外交に対する日本社会の理解を促進する貴重な機会を奪うことでもあった。七〇年代を通して日本社会は、OPECの決定に一喜一憂を繰り返し、石油が入ってこなくなるかもしれないという不安に苛まれ続けた。消費国間協調の枠組みが形成され、その中でエネルギー資源外交を展開する際に、国内の理解が欠如していたことは自らの手足を縛ることになった。(『「経済大国」日本の外交:エネルギー資源外交の形成1967~1974年』千倉書房、2015年、372頁)

 

 先に引用した部分は武田さんの本にも触れているので、もしかすると後段の指摘は拙著に対するものではないのかもしれませんが、拙著の終章の肝になる部分なので正確を期して引用した次第です。読み返してみると拙著には文意が取りづらい部分もありますし、次の論文ではしっかりと伝わるように精進しようと思います。

 

 

 もしかすると学会誌に1~2本は書評が出るかもしれませんが、刊行後既に1年半以上経過していますし、この機会に拙著の書評情報をまとめておくことにします。

①『読売新聞』2015年11月15日朝刊(評者:牧原出)(リンク

②『週刊エコノミスト』2015年12月22日号(評者:井上寿一)(リンク ※WEB用に加筆されたものです)

③『北海道新聞』2015年12月27日朝刊「今年の3冊」(評者:御厨貴

④Japanese Journal of Political Science, Volume 17, Issue 3 (September, 2016)(評者:Makio Yamada)(リンク

⑤「第38回サントリー学芸賞選評」2016年11月(評者:船橋洋一)(リンク

  この他に、今年に入ってから『読売新聞』に紹介記事も出ました(3月1日朝刊文化面)。

「同時代史と向き合い、時空を超える:私の好きな中公新書3冊」(web中公新書)

 web中公新書の「私の好きな中公新書3冊」に寄稿しました(写真はトップページ用も記事の方も遊びなので大目に見てください)。先に紹介したSYNODOSの鼎談と同じくほぼ1ヵ月前の公開、原稿用紙2枚の短いものです。

www.chuko.co.jp

 数々の名著が揃っている中公新書から3冊に絞るのは悩ましかったのですが、これまで寄稿している方が取り上げていないものにする、これまでお世話になった方の本以外から選ぶ、といった方針を決めた上で諸々を検討して書きました。短い文章を書くのは本当に難しいと痛感しました。

 取り上げたのは、高坂正堯『国際政治:恐怖と希望』(1966年)、岡崎久彦『戦略的思考とは何か』(1983年)、そして清水真人『財務省と政治:「最強官庁」の虚像と実像』(2015年)の3冊です。

 これはある知人がTwitterで指摘していたことと重なりますが、近年の中公新書が意識的に大きなテーマで長く読み継がれる「現代の古典」となるような本を作っているように思われるのに対して、ここで取り上げた最初の2冊は、歴史を鑑にしつつも同時代を真摯に分析しようと格闘した本で、それが結果として現在まで読み継がれています。『財務省と政治』もそうなるのではないかと思って、この3冊を並べてみました。

 

国際政治―恐怖と希望 (中公新書 (108))

国際政治―恐怖と希望 (中公新書 (108))

 
戦略的思考とは何か (中公新書 (700))

戦略的思考とは何か (中公新書 (700))

 
財務省と政治 - 「最強官庁」の虚像と実像 (中公新書 2338)
 

 

 

『SYNODOS』「韓国ムカつく」「訳わからん」と投げ出す前に――『戦後日韓関係史』の使い方/浅羽祐樹×白鳥潤一郎×佐々木真

 ちょうど1ヵ月前に、「「韓国ムカつく」「訳わからん」と投げ出す前に――『戦後日韓関係史』の使い方/浅羽祐樹×白鳥潤一郎×佐々木真」という記事がSYNODOSで公開されました。

 

synodos.jp

 著者のお一人である新潟県立大学の浅羽祐樹先生にお声がけいただき、時事通信解説委員の佐々木真さんとご一緒しました。「教科書」であり「通史」でもある、李鍾元・木宮正史・磯崎典代・浅羽祐樹『戦後日韓関係史』(有斐閣)について、日韓関係の現状もふまえながら様々な観点から論じるという趣向です。

 

戦後日韓関係史 (有斐閣アルマ)

戦後日韓関係史 (有斐閣アルマ)

 

 

 諸般の事情からやや過激なタイトルになりましたが、実際の鼎談は落ち着いた雰囲気で、率直かつ多面的に日韓関係について論じあうというものでした。当初の想定以上に収録が盛り上がった結果、かなり長くなってしまいましたが、関心のある方にご一読いただければ嬉しいです。

 なお『戦後日韓関係史』については、別の場所で書評をお引き受けしたので、いずれ書評についてもアナウンスする予定です。

気が付けば5月半ばですが……

 目の前の諸々に追われている内に新年度が始まり、そして授業日もあって全く実感のないままにゴールデンウィークも終わり、気が付けば5月も半ばです。

 さて、facebookTwitterには書きましたが、4月1日より立教大学法学部に助教としてお世話になっています。前職の北海道大学大学院法学研究科講師と同じく、このポストに自分が就くとは思ってもいませんでしたが、着任してみると不思議としっくりくるものです(周りの方がどう思っているかは不安が残りますが……)。

 思いもしなかったポストというだけでなく北大講師と共通点が多いポジションで、①任期付(前回は当初1年5ヵ月が結果として2年に、今回は任期1年で更新2回まで)、②授業をいくつか担当しつつも研究に集中できる環境、③素晴らしいファカルティ・メンバー、④前任者の皆さんがすごい、⑤主要な駅に近い、といったことが思い浮かびます。

 テニュアポストまでの道のりはなかなか遠いですが、30代前半のこの時期に(金銭面を気にすることなく)研究に集中できる環境を頂戴する機会は決して多いことではありません。初心に立ち返って頑張ろうと思います(あと池袋駅周辺の美味い店と酒場を開拓したい)。

 研究面では博論提出直後から約束している某新書の原稿、そして2冊目・3冊目の研究書に向けて調査と執筆を本格的に進める予定です。修士課程以来の研究テーマである戦後日本の資源外交に加えて、差し当たりは初期の経済サミットにおける日本外交について集中することになりそうです。

 その他、昨年度に引き続いていくつかの非常勤が継続となります。池袋・日吉・九段下、それから史料調査と研究プロジェクトの関係で行く六本木界隈にはちょくちょく出没する予定です(札幌にも引き続き出没予定です)。

『東京人』2017年4月号

 年始に開設してからすっかりブログを放置をしてしまいました。今後は仕事の紹介がてらぼちぼち更新をしていこうと思います。

 ◇

  久しぶりの更新をするのが3月11日というのも何かの縁かもしれません。

 

 昼間こんなツイートをしました。東日本大震災について当時大学院生だった自分に出来ることはほとんど無かったし、それは今もあまり変わりません。ただ、その時に抱いた想いを忘れずに、いずれ研究としても取り組んでいきたいと考えています。

 ◇

 3月3日発売の『東京人』2017年4月号はなんとなんと国立公文書館特集。「探検!国立公文書館 資料の海を渡る歓び」という文字列が一般誌に並んでいるのは驚きです。

 東京人 2017年 04 月号 [雑誌]

東京人 2017年 04 月号 [雑誌]

 

 僕もアジア歴史資料センターの取材及び紹介記事をお手伝いしました(「アジア歴史資料センター:パソコンから広がるアジア近現代史の世界」)。波多野澄雄センター長のインタビューは簡潔にアジ歴の来歴や今後の展開を紹介するものになっています。目次にはズラリと豪華なメンバーが並んでいます。読み物としても面白い特集ではないかと思います。

 今回の『東京人』で個人的に印象に残ったのは巻頭座談会における細谷雄一先生の以下の発言です。

記録がない国は記録がある国に反論できない、常に不利な状況に立たされる……領土問題に限りませんが、自らの利益を主張するとき、それが客観的な記録によって裏打ちされなければ、世界から信頼されません。その意味で、外交記録およびその活用は、国益の根幹そのものと言っていいでしょう。

  公文書管理法に先立って情報公開法が施行されてしまい、その期間が約10年続いてしまったことの影響は小さくありません。残念ながら、現状では「公文書」として残せば情報公開請求の対象になるだけで面倒だという近視眼的な思考が官の世界には蔓延しているように思います。その意味では、少なくとも外務省はそれなりに記録を残していた情報公開法成立以前よりも現状はむしろ後退しています。過去の政策の検証材料を残すということに加えて、細谷先生が強調される未来の国益を守るという視点が政治家や官僚にもう少し理解されるようになると良いのですが、現状はなかなか厳しいのかもしれません。

 文書を公開することの意義についてこの座談会で五百旗頭真先生は次のように言っています。

きちんと資料を出すことで、国民の見方も、あるいは世界の見方も変わってきます。実際、戦後の日本外交の評価といえば、もっぱら「対米従属」が相場でしたが、実は米国に対してはっきりものを言っていたり、米国とは異なるアプローチでアジア諸国との信頼関係を深めたり、多様な側面が見えてきました。「由らしむべし、知らしむべからず」は権力の常ですが、国民は愚かではありません。記録を公開することで、国民は自国の政治に誇りを持てるようになるのです。また世界に対しても、一国史観ではない、開かれた歴史認識を提供する一助になるのです。

  この座談会で細谷先生が最後に強調されているのは「予算と人員の拡充」という課題です。『東京人』の誌面にも具体的な数字が出ていますが、日本の公文書館は主要国の中で最低水準の人員しかおらず、隣国の韓国と比べても3分の1しか職員がいません。

  このような現状や課題が少しでも多くの人に理解され、より良い方向に進んでくれるよう今後も微力を尽くしたいと思います。

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