研究室通信

放送大学・白鳥潤一郎研究室(国際政治学/日本政治外交史)のブログです。

「民主主義の根本に戻れ:外交記録公開制度40年に寄せて」『毎日新聞』2016年7月25日夕刊

 3月に「新たな国立公文書館の施設等に関する調査検討報告書」(PDF:リンク)が提出されるなど、国立公文書館新館建設に向けた動きが本格化しています。充実した国立公文書館新館建設に向けた動きは喜ぶべきことですが、この一環として外交史料館(と宮内公文書館)の所蔵文書を「可能な範囲で国立公文書館に集約する方向で検討されるべき」ことが報告書(22頁)に謳われていることに強く衝撃を受けています。あくまで「方向で検討されるべき」という表現であり、この後に「今後、関係機関との意見調整が必要になろう」とあるので、予算案策定のスケジュールもふまえれば、現在は水面下で調整が行われている段階でしょう。

 結論的なことだけ書けば、国立公文書館独立行政法人から政府機関に戻すと共に英米両国並みに人員や予算、そして権限の大幅強化をするといった抜本的な改革と併せて実施されるのでない限り、国立公文書館への集約は外交記録公開の実態を全くと言っていいほど理解していない提言であり、利用者にとってマイナスしかない改悪と断言できます

 この問題について今後数回にわたってこのブログで取り上げていきますが、その第0弾(?)として、『毎日新聞』に昨年7月寄稿した文章を転載しておきます(このブログへの転載許可済)。

 なお、この寄稿に関連する以下のコラムを共同運営しているウェブサイト「データべース戦後日本外交史」に掲載しているので、関心がある方は併せてご覧ください。

 

高橋和宏「外交記録公開の現状と課題」(2014年7月30日)

白鳥潤一郎「情報公開法と戦後日本外交史研究」(2014年9月5日)

 

 

民主主義の根本に戻れ:外交記録公開制度40年に寄せて

寄稿 白鳥潤一郎(北海道大学協力研究員・日本政治外交史)

 

 1976年5月、戦後期を対象とした外交記録公開制度が開始された。この制度の下で、重要な文書の数々が外交史料館で公開されている。今年は40周年の節目だが、残念ながらそれほど注目されていないように思う。

 民主主義の根本――学界からの要請を受け、外相として外交文書公開の検討を命じた大平正芳は、このように外交記録公開の意義を強調した。

 外交という営みは民主主義との相性があまりよくない。そもそも外国との間に何も問題がなければ外交は必要がないし、交渉の機会も生じない。交渉は決裂しなければその結果は何らかの意味で妥協であり、国内が100%満足することは望めない。また、その過程で交渉戦術や経過が明らかになれば結果は不利なものとなりかねない。外交には一定期間の「秘密」は必要なのだろう。

 それゆえに事後的な検証が不可欠なのである。国際社会における日本の歩みを検証するための外交記録公開は確かに民主主義の根本である。

 外交文書の公開が広く関心を集めるのがほぼ日米間の「密約」関連に限られるということもあり、外務省は情報公開に消極的という印象があるかもしれない。しかし実際には国内の省庁の中では文書の保存、そして公開に例外的に積極的であった。外交記録公開の開始から2008年の第21回公開までに約1万2000冊が外交史料館で公開され、そして2011年の公文書管理法施行と前後する制度刷新後、4万冊近いファイルが移管され、利用申請の後に公開されることになっている。日米関係や日中関係等を中心に遅れは見られるが、現在では中曽根康弘政権期の文書も利用可能になっている。移管に関して言えば、「30年ルール」という国際基準に近づきつつある。

 これだけ体系的かつ継続的に文書公開に取り組んできたのは外務省のみである。公開された文書に基づく新たな研究も続々と登場し、佐藤栄作政権下の沖縄返還交渉をはじめとして、従来ともすると「対米追従」と片付けられてきた戦後日本外交のイメージも変わりつつある。

 民主党政権下で「密約」関連の調査と公開が進んだことの意義も大きい。かつて行政サービスとして行われてきた外交記録公開は公文書管理法に基づくようになり、さらに文書公開への政務レベルの関与や、外部有識者も参加する外交記録公開推進委員会が制度として担保された。

  ■  ■

 だが、抱える問題も少なくない。まず公開審査にかかる時間がある。原則は1ヵ月以内に審査を終えることになっているが、実際にはさまざまな理由から延長され1年近くかかることも珍しくない。利用者のニーズを満たすためにも改善が必要だろう。

 また、公文書管理法が施行された際に、文書公開が遅れていた他省庁と横並びのガイドラインとなったことで、個人情報保護等を理由とした黒塗りが従来よりも増えている。もちろん個人情報保護は大切だが、政府高官以外の情報提供者や企業関係の情報の大半が黒塗りにされているのは問題がある。黒塗りにされている部分は同時代の新聞報道等を見れば誰でも分かるものが少なくないし、企業情報には既に廃業するなど保護の必要がないものも含まれている。同様の黒塗りは情報公開法に基づく請求でもしばしば見られるし、その基準はより厳格となっている。公開審査が遅れる中で、こうした無用な作業に時間と手間をかける必要はないだろう。

 外交記録公開制度の開始から40年、そして公文書管理法の施行から5年を迎えた今年は、改めて公文書の保存・公開について考える好機である。官僚レベルで公文書管理の意義が十分に認識されておらず、将来に残すべき「公文書」の定義は狭められ、そして公開審査は遅れている。

 外交記録公開が民主主義の根本であるという基本に立ち返り、予算・人員面での手当てを含め、国を挙げた取り組みが改めて必要ではないだろうか。

(『毎日新聞』2016年7月25日夕刊文化面より転載)